西原の中川さんには在来種を受け継ぐ使命がある

みなさんは、食物の種について考えたことがありますか?

生産者に買い続けさせるため人工交配し自家で増やせないように作られたと言われるF1品種が蔓延する現在、従来の農法で世代交代を続けてきた在来種には固有の価値があります。

「種は絶えたら復活できない」。西原で種の受け継ぎを続ける中川さんにお話を伺ってきました。

西原:中川さん

白米なんて食べられなかった

79歳の中川さんが住む西原地区では、中川さんが育ったときから自給自足をする地域だったそうです。

麦や粟を食べる日のほうが多く、お米だけのご飯はハレの日でないと食べられませんでした。おばくという食べ物が主流だったそうです。戦後でも、西原は昭和30年頃までは麦のほうが多かったのです。

その後経済が右肩上がりになってから農業をやる人が減り、お米ばかりを食べるようになったとのことです。

季節ごとの野菜などを入れて煮るおばくは、見た目は悪いけれど味わいは良いそうです。化学調味料は入れておらず、自家製のネギ味噌を入れていただきます。他にお肉などのおかずが出ることは少なく、夜なべや炭焼きの準備などで、みな寝るまで仕事をしていたそうです。

大麦は主食、小麦は粉にひいて夕飯のうどんやおまんじゅうにしていたそうです。モチ種の粟やキビは水車でついたりひいたりして食べたんですね。

部落ごとに水車があった

西原:水車

「昔は部落ごとに水車があったんだよ」。

その全てがフル稼働していて、ついたりひいたりを担い、自給自足の生活の重要な柱だったのです。中川さんは今も西原に残る水車のひとつを、作物の脱穀や加工に使っています。

雑穀の殻の剥き方はいろいろあるけれど、この地域では水車が万能で重宝していたそうです。つまり、雑穀文化に水車は欠かせない施設だったのです。水の落差を利用しているためエコとも言えます。

種を絶やしてはならない

西原:中川さん

中川さん宅玄関の頭上にはこのように数種の雑穀が吊るされていました。

種は絶やしてしまったら無くなってしまい、絶対に復活できないものです。誰かが受け継がないと無くなってしまう貴重なものなのです。

畑全体を見て、生育がよく種に適したものを残していくそうで、その選別の方法はお父様から教えてもらったとのことです。

西原だからいい

西原:中川さん種

中川さんは都会のごみごみとしたところは嫌いで、市外へ出て働いてはいたけれど定年で地元の西原へ戻ってきたそうです。昔からの生活が身についていて、原点へ帰ってくることはとても自然なことだったのですね。

お父様はもともと農業指導をやるなど農業が大好きだったそうで、種へのこだわりは人一倍大きかったそうです。在来種を残していかないといけないという強い想いを持ち、遠く未来を見据える先見の明があったのですね。

種をめぐる価値の再発見とその保全は世界的に見ても重要課題と言える現代に、山間地域でひっそりと、でも堅実にそれを実践する中川さんの目は、はるか宇宙を捉えるかのように透き通っていました。

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